
夏の甲子園を観て思い出す。。。
こんにちは。
園サポートユニットの阿部です。
先日、全国高等学校野球選手権大会が、智弁和歌山の優勝で幕を閉じました。
私も甲子園を目指す高校球児であったため、毎年欠かさず観ては、後輩たちに元気をもらっております。
甲子園を観ていていつも思い出すのが、母校の取手第二高等学校(取手二高)の野球部です。
偉大な先輩方が、第66回全国高等学校野球選手権大会(1984年夏)に茨城県代表として出場し、当時最強と言われた、後にプロ野球に進む桑田(巨人→パイレーツ)、清原(西武→巨人→オリックス)擁するPL学園に8ー4勝利し、茨城県勢初優勝をしております。
※桑田、清原は2年生で、1,3年生の時には甲子園優勝しております。
当時のPL学園は軍隊のような管理された野球部でした、それに比べて、取手二高は、風が強い日には誰もグランドに来ず、ラジオを大音量で流しながら、パンチパーマで野球をする。よく言えば自由、悪く言えば不良が集まった野球部でした。
ただ、名将、木内監督を中心に、誰にも縛られない野球を実践し、のびのびと自分の野球をした結果。誰も予想しなかった甲子園優勝を勝ち取ったのでした。
決勝で敗戦後、桑田、清原は、のびのび野球の視察のために取手二高を訪れており、その際に「自分たちが主体的に必要なことを考えて行う野球を学んだ、帰ったらラジオを流しながら野球をする。」と当時のインタビューに残しております。
まさに主体性の勝利なのかも知れませんね。
ただし、その後の取手二高は一度も甲子園出場を果たせておりません。。。
※木内監督が私立高に引き抜かれたのが大きな原因と言われております(笑)
私の代も予選敗退。擦り切れるほど当時優勝した動画は観ました(笑)
現役時代投手だった私も、甲子園のマウンドで投げてみたかったな~
アンダースローという特殊な投げ方で、頑張ってました。
また来年も元気をもらおうと思います!
へば、まんず!

